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Sorry, no English for this post. Just Japanese.

先日、とても興味深いパネルディスカッション(2010年5月実施)をYoutubeで見ました。GoogleのCEOのエリック・シミット(大企業)、アレックス・ロッス(豪州政府外交先任アドバイザー)、ティモシー・ウー(コロンビア州法律大学教授)がパネルのメンバーとなり、その3人は大企業、政府、学界、といった3つの領域を代表していました。とても先端かつ重要な内容でしたので、パネルディスカッションやほかの文献・資料に言及しながら、日本語で解釈してみました。Youtubeのリンクにクリックすると、パネルの映像から引用した内容に自動的にジャンプしますので、私が要約した英語のチェックもできます。パネルディスカッションの映像は全部で45分もありますので、ハイライトだけを取り上げます。通してみたい方は以下のプレイヤーでご覧下さい。その下が私の解釈・まとめです。

インターネット|解放を導く技術

インターネットは中立で、情報へのアクセスは何の障害なくできる技術だと、だれでも認めるでしょう。自由のシンボルにもなったオバマ大統領さえ2009年11月に次のように述べています。

「自由にインターネットを 利用できることを強く支持してきた。自分は“検閲なし”の強い支持者である。それぞれの 国には異なる伝統があるが、米国では自由に制限なくインターネットに接続できる。 このことは強さの源だ」 (2009年11月9日 – http://tinyurl.com/ydm3k4d

GoogleのCEOのエリック・シュミットも、パネルディスカッションの中に以下のように発現しました。

「私の個人的な考えだが、今まで発明した物の中では、インターネットは個人のエンパワーメントへの最強の理力であるゆえに個人の自由へ導く物として一番素晴らしい発明だと思う。さらに、人間の本質は基本的に善良であると確信を持っているので、将来の方向いうならば、支配または制限のために使われるのではなく、自由のためにインターネットが使わていくだろうと言えるように思う。」 (2010年5月|http://www.youtube.com/watch?v=cfsq7p6OVqU#t=5m52s)

なんと素晴らしいユートピアのビジョンでしょうか。私だって信じたいんです。確かに、インターネットの存在や開放性のおかげで人類の好条件への導きを実現した例が少なくありません。比較的に経済的に貧しいコロンビアのFARC(コロンビア革命軍|Fuerzas Armadas Revolucionarias de Colombia)に対する反対運動を考えましょう。FARCは1964年に成立された市民軍であり、当時の政府は国民を圧迫していて、FARCはその政権を倒そうとし、市民権を再実現するように成立されました。時代につれて、コロンビアの政府は順調と民主主義になってきたものの、FARCはいまだに政権を奪いたくて、1980年、1990年代にテロ事件を多発実行してきました。爆弾事件が相次ぐなか、FARCからの報復を恐れ、反対の声を挙げる者はほとんど一人もいなかった。そこで、2008年1月に一人の失業者のOscar Morales氏が、挫折の中、一つのFacebookのグループを立ち上げました。「One Million Voices Against FARC|http://www.facebook.com/onemillionvoices」を題名にし、FARCへの反対運動のサポートを得ようと試みました。その反応は圧倒的でした。グループを立ち上げた1ヵ月後に、全世界の200以上の都市で行進が実現でき、今まで100万人どころか、1億2千人のサポーターがそのFacebookのグループに参加するようになりました。Morales氏は失業のエンジニアであったが、社会経済的地位を問わず、世界的に影響を及ぼす運動を、インターネットやSNSのおかげで、自らで立ち上げることができました。おかげで、FARCの会員数が4万人から7千人に減り、威勢や支持を極端に弱まるように成功しています。自分建ちが顔をFacebookに出すのは怖くないかと聞かれた、Morales氏は、「かつて、反対運動を始った人は匿名のままで済んだが、今回はみんなは実名で顔写真まで公開していた。それは、サポートが圧倒的に多かったため、安全感があったからである。」と述べています(http://tinyurl.com/26whf39)。

もうひとつの例を挙げるのであれば、それは言うまでもなく「ネダの死」のバイラル効果の動画でしょう(http://www.afpbb.com/article/politics/2614329/4295459)。2009年6月のイラン政権に対しての反対運動が、彼女の殺されたことにより強化されました。反対運動のシンボルにもなったと言えるでしょう。外国の報道がデモで禁止されていたため、インターネット接続可能な携帯電話やEmailという技術がなければ、この市民権限の違反とされる事件は政界中に知らされなかったでしょう。以下にもこの事件に言及しますが、とにかく、かつて自信がなくて行動を起こせなかったり、情報を世界中に流すのが困難であったりしていたのは、インターネットメディアにより容易になったといえるでしょう。

ラジオ|解放なのか圧迫なのか

上記に、世界中の民を解放されるメディアとしてインターネット技術を採り上げました。そこで、圧迫のツールとしての利用は考えられるのでしょうか。情報や知恵へのアクセスは社会的な威勢に繋がることは明らかになっています(McLeod and Perse, 1994)。アメリカの第一の外交官のトマス・ジェファーソンは1801年にこう語りました:

「人民の意志が、どのような政府にとっても正当な基盤であり、人民の表現の自由を守ることが私たちの1番の目的とすべきだ。」

歴史的に、どの解放社会においても、この概念が守られていました。そしてニューメディアが表現の自由のツールとして利用されてきました。インターネットの普及によって、上記の例を含んで、市民の声が聞かせることになってきました。インターネット依然のメディアはどうでしょう。そこでラジオをとりあげたいと思います。

ラジオが普及した1920年代のヨーロッパでは、だれもこのニューメディアが解放のツールとして輝くだろうと確信を持っていました。ロシアの1920年代の抵抗運動において、ラジオを媒介した音楽の伝達は、労働階層の自らの文化を創造する祈願の象徴でした。その当時のニューメディアは文化的解放を予言しようとしていました(Stites, 1986)。しかし、私たち現代人は有利です。なぜならば、ラジオが普及したわずか15年後の実績が歴史教科書でわかるからです。ラジオを解放のツールとして持てはやす人はまさかラジオが圧迫に利用されるとは思わなかったでしょう。言及するのはもちろんナチ政権の宣伝です。1929年のアメリカに、ラジオ技術によって、「人はわずか一つの操作で、世界のいわゆるところまで飛び出し、古典から継いできた人種・言語・距離の隔たりをなくそうとできるようになった」(Dutton, 1929)という時代になっていたものの、そのわずか数十年後、ラジオが国家を創造するツールとして利用されていました。ドイツの政治家ヨーゼフ・ゲッベルは、1933年3月21日のドイツ帝国議会「ライヒスターク」の開会式にラジオについて以下のように語りました:

「今まで行われてきたラジオ宣伝は大成功だ。聴者が内容を聴いて受信機の電源を切るだろうという意見はあったが、ほら、まったくそいう言う気配もない。そのどころか、何百人の聴者ができました。なぜならば、政府は空白でラジオの本部で宣伝を創造したのではなく、活発な雰囲気のある大会場に集まった大衆の前で披露されていたからである。こうして、聴者一人一人が、この数々のイベントへの直接の参加者になったわけである。私は、ラジオの将来に大きな夢がある。それは新たなラジオである。現代の問題にこたえるラジオである。偽善や腐れた思想を粛清するラジオ。国家への責任がわかるラジオ。私の想像するラジオは、偉大な国家のイベントに国民全員が参加できるよう、そういうことう実現する。」

ラジオは、圧迫する国家のメカニズムになったわけです(Welch, 1983)。コロンビア法律大学のTimothy Wooは上述の2010年5月のパネルディスカッションに以下のように語りました。

「ラジオの普及が始まった1920年代の15年後には、ヨーロッパの恐ろしい体制の虐政とテロのツールとして使われていた。ラジオが始まったころ、ラジオは自由と平和を大幅に促進するだろうと期待していたのである。インテーネットも普及し始めて15年間経っているが、はまだそこまで行っていないから一安心である。歴史をみると、政権が自らの威勢を広げるために新しいメディアを利用する傾向があると言える。」(2010年5月|http://www.youtube.com/watch?v=cfsq7p6OVqU#t=12m37s

インターネット|圧迫のツール

解放社会で生まれ育って未だに住んでいる人にとって、インターネットは圧迫のツールとして使われることは想像しにくいと思います。ほとんど誰でもGoogleのシュミットに賛成するのではないかと思います:

「インターネットはラジオと違って、携帯電話という端末機の普及によって、誰でもどこでも情報を発信するようになってきたのである。それには圧倒的なパワーがあるはずである。独裁の政権がインテーネットをコントロールしようとすれば、端末機の拡散も支配しなければならない。それは非常に困難だと思われるであろう。」(2010年5月|http://www.youtube.com/watch?v=cfsq7p6OVqU#t=15m46s)

これは否定しにくいと思います。携帯電話の制限により政権のパワーを維持する例はなくはありません。2010年3月にWall Street Journalの記事によると、毎晩、南アフガニスタンの3つの最大電話局はセルタワーの電源を切っているようです。これはタリバンの命令によるだそうです。なぜならば、秘密情報が町の住民に流されないようにということだそうです。これは制限そのものであり、圧迫でもあります(http://online.wsj.com/article/SB10001424052748704117304575137541465235972.html)。すなわち、プライベートの会社が主権の意志にしたがっているわけです。解放社会においては、このようなことは起こりうるのでしょうか。同じパネルディスカッションですが、豪州政府外交先任アドバイザーのアレックス・ロッス氏の発言を見てみましょう:

「ネダの場合、インテーネットやインターネット可能な携帯電話の技術がなければ、それほどグリーン運動が衝撃を受けて一層激しく行動を始めなかったであろう。支配されているままで独占の政権が続いたであろうというわけである。この一つの実例をみれば、インターネットは明らかに人間を政治的に解放されると思われる。その当時の一人のことを挙げたいのだが、Jared Coen(ホワイトハウスのスタッフ)は、抵抗運動がTwitterを利用し、運動の一体化・強化されるものとして利用していることに気付いて、Twitterのスタッフにそのことを知らせたのである。ちょうどそのとき、Twitterは定期メンテをする予定であったが、抵抗運動が何の障害なく利用できるように、Twitter社が自らの動機により、定期メンテを延期するようにした。このように、Twitterみたいな新しいメディアは、少しずつNGOっぽい性格になっている。価値観の中立した会社ではなく、このようなニューメディア会社はある特定の価値観を持ちながら運営していく傾向がどんどん見られてくるであろう。」(2010年5月|http://www.youtube.com/watch?v=cfsq7p6OVqU#t=38m24s

コレがインターネットの将来の自由性に大きな意味があると思います。多国籍企業及び多国影響のある会社の手には圧倒的なパワーがあることはこれで明らかであるような気がします。ネダの事件の場合、自由のために技術の使用が大手の許可により許されたわけです。すなわち、イランの抵抗運動の価値は、Twitter社の価値観に一致したため、間接的に支援を得たわけです。

また、企業の影響だけではなく、政府そのものの影響も言うまでもなく大きいです。政権によるネット検閲という話題だけであは十分論文を書くことができるでしょうが、一応言っておきます。中国をはじめ、イラン、ツニシア、トルクメニスタン、サウジアラビアなどの国家そのものが検閲を行っています。ロッス氏がうまく要約しますので、言及します。

「インターネットが始まった当時、エンドユーザからエンドユーザへとの理想が自然と期待されていた。しかし、だんだんと国々の政府が「インターネット」よりも「イントラネット」としてインターネットの存在を捉え、自分たち特定の寸法に基づいて構築していくようにしようとし始めたのである。」(2010年5月|http://www.youtube.com/watch?v=cfsq7p6OVqU#t=8m24s

このような検閲がどこまで続いて、どのような形で発展してくるのかは誰もわからないでしょう。最後の最後に、ウー氏は以下の注意を払いました:

「完全に解放した社会というユートピア概念は、歴史的に見れば、どれでも崩れ、実現できなかった。私たちもそうならないように。」(2010年5月|http://www.youtube.com/watch?v=cfsq7p6OVqU#t=43m15s

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