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俊男, 山岸. 信 頼の構造―こころと社会の進化ゲーム. 東京大学出版会, 1998

山岸が言及するBarberやLuhmannの議論に目を通しておかないと、信頼概念の整理の必要性はピンとこないかもしれません。私が昨日投稿した「ポストモダン思考と信頼」の記事でわかるように、その記事で私が言う「信頼」は、よく考えたら、かなり曖昧な概念です。知らない人間への信頼を指しているのか、ある程度かかわりのある人間への信頼を指しているのか。それとも制度や組織への信頼を指しているのか。また、相手がやるよ言ってたことをちゃんとやるという信頼を指しているか、やるといっていたことがちゃんとできる能力があるかどうかの信頼なのか。考えれば考えるほど「信頼」という大まかな概念は「信頼」だけではきちんとした定義された概念を指さないようにわかってくる。そこで、上述の文献の第二章の「信頼概念の整理」では、山岸が本文献に言及する「信頼」という言葉の定義を明らかにしようとする。先に私の感想を言ってしまうのであれば、山岸の「信頼」という概念の整理は非常に新鮮でした。

道徳的秩序がもたらす期待の中の、相手の意図への信頼

第二章では、山岸は彼自身の「信頼」の定義を段階的に展開していく。まずは「信頼」の多様性からで整理し、結果的に相手が持つ「能力」への信頼や相手が持っている「意図」への信頼に大きく分ける。そして続いて自然の秩序と道徳的秩序に対する期待の両概念を基準にし、著者が指している信頼というのを自然の秩序に対する「確信」(明日日が昇るだろうという期待への確信)と「信頼」(他者はある属性を持つだろうということの推測上で相手の行動への期待という信頼)の二つの概念に分けた。これはLuhmann (2000)のconfidenceとtrustの区別理論に反映しているように私が思った(Luhmannの理論の概要に参考)。そして山岸が明確にしたのは、彼が扱うつもりの信頼というのは、道徳的秩序に対する期待にかかわる信頼で、さらに相手の能力への信頼ではなく、すなわちバーバーがいう「役割を果たすアクターの能力」に基づいた期待ではなく、相手の意図に対する信頼であると明確にした。

信頼と安心 (pp. 37)

山岸は続いて以下の区別をします。

安心|社会的不確実性が存在しない環境の中で相手を容易に信じることをしめす。

信頼|社会的不確実性が存在する中で相手を信じることをしめす。

ポイント:社会的不確実性の有無は相手の行動傾向についての知識に基づいていて、相手の人間性を見極めるには大きな因子である。もう一度Luhmannの議論に言及すると、社会的不確実性の有無というのはLuhmannが言う「リスク」の有無と同じであると考えられるのではないかと思う。要するに、リスクを認識し、リスクに伴う合理的な選択機能を働かさせることによって、人間は相手の人間性を推測し見極めるわけであるということを推論してもよいのではないかと思う。したがって、安心して何もリスクのない環境の中に長くいればいるほど、自分の「安心環境」に属しない者の意図を見極める知的能力が育成されず、他人を信頼することが難しくなるというふうに推論になるのではないかと思う(これはまさしく山岸の強調である)。

社会的不確実性と用心深さ (pp. 40)

Kaplan (1973)の実証研究を反映して、山岸の研究は、一般信頼という概念には「用心深さ」と「誠実さ」という2つの因子があるように実証している。要するに、ある人が社会的不確実性に対して用心深いだとされたら、その人は「知らない人と付き合う場合には、その人が信頼できることが証明されるまでは用心しているほうがいい」などという属性を持つこと典型的だと思われる。そして人間の誠実さを重視する人であったら、「ほとんどの人は基本的に善良である」という考えかたが典型的だと考えられる。しかし興味深いのは、山岸の研究は、人の信頼度を測ろうとするとき、ある人は用心深さ・誠実さの一次元的な水準に基づいて用心深い方なのか誠実性を認める方なのかということ測り方を拒否している。すなわち、一般信頼の高信者が誠実さを認めながら用心深さの必要性も認識しているという結果が出たりしていたわけである。

「つまり、人間は一般に信頼できると思っている人が、必ずしも対人関係でひどい目にあわされないように気をつけていないわけではないし、逆に「気をつけていないと誰かに利用されてしまう」と思っているからといって、その人が「人を見たら泥棒と思え」というような他者一般に対する不信感をもっているわけであはない。」 pp. 42

一般的信頼と情報依存的信頼 (pp. 42)

山岸は信頼を一般の人間(人間性)への信頼と、人間のカテゴリー(ステレオタイプ)又は個人への信頼に分ける。そして後方の人間のカテゴリー又は個人への信頼をさらに分けて、人格的信頼人間関係的信頼に分けている。

まずは一般信頼を見てみよう。相手について、その人はどういう人なのか、どのような行為がその人に関して典型的かという情報がない場合(相手の人格がわからない場合)、相手に対して利用する信頼の程度は人間に対しての信頼の「デフォルト値」と呼ばれている。そしてこれは特定の相手を想像しながら測定する信頼の程度ではなく、一般的に人間は信頼に値するかどうかということを指す。

これに対して、情報依存的信頼というのは、ある特定の相手(個人・集団・社会的カテゴリー)に関して情報がある場合に、その情報を利用し、その情報に基づいて信頼の程度を決めることを指す。

例を考えると、以下の仮の話が考えられます。あるお母さんがいるとします。そのお母さんは一般的に人間を信頼している(基本的に善良であり、意図的には社会の健全的な進歩を求めているなど)します。そして、お母さんはとても誠実な市民で、たまに新聞でヤクザが起こした事件のことについて読んでその情報に基づいて、ヤクザというやつらを信頼しない。ヤクザを信頼しないことにも関わらず、そのお母さんはヤクザの一員である息子を信頼している。息子だから。上述の例の場合は以下のように描けます。

お母さんの諸信頼

一般信頼(デフォルト値) (人間一般に対する信頼)

人格的信頼 (日本人・暴走族という人間のカテゴリーに対する信頼)

人間関係的信頼 (息子というような特定の関係のなかの信頼)

結局、山岸の整理は以下のように図化されている。

私は一ヶ所だけ疑問を持っています。それは一般的信頼の「情報依存的信頼」の枠から除かれていることです。私が思うには、自分が教えられてきた情報、経験してきたこととしての情報などに基づいて、「人間性」は一般的にどういう概念であるかを判断するので、これも「情報」に基づいての信頼なのではないかと疑問を持っています。それとも、一般的に他者の意図に対して信頼するか信頼しないかという異なる属性は生まれつきなのでしょうか。もし生まれつきで、育った環境がのなんの影響を与えないのであれば納得できるが、そうでないように考えられるのではないかと思う。

信頼と信頼性 (pp.48)

この区別は以上の図に取り上げられていない。簡単に要約すれば、「信頼」というのは信頼する側が持つ属性だとされている。相手についての情報が入ることにつれて、相手への信頼度が上がったり(信頼しやすくなったり)、下がったり(信頼しにくくなったり)するわけである。それに対して、「信頼性」というのは、信頼される側の特性を指す。私の解釈だが、人の信頼性は独立変数として考えれれるのではないかと思う。もし完全に客観的に、絶対的真理に基づいて判断することができれば、相手の信頼性はある現時点でみればもう設定されている。信頼という従属変数は、相手に関する情報が開示されるされるほど、本質が変わってくるのではないかと思う。

信頼のパラドックスの再考慮 (pp. 50)

本書の第一章には山岸は3つのパラドックスを紹介した(その要約はこちら)。第二章で明確された情報によって、以下のようにその3つのパラドックスを理解するために、次のように書き換えたり、付け加えたりすることができる。

第一のパラドックス
第一章
|「信頼が最も必要とされるのは、「常識的」には信頼がもっとも生まれにくい社会的不確実性の大きな状況においてであり、また「常識的」には信頼が最も育成さ れやすい安定した関係では信頼そのものが必要とされない。」
第二章|「安定した社会的不確実性の低い状態では安心が提供されるが、信頼は生まれにくい。これに対して社会的不確実性の高い状態では、安心が提供されないため、信頼が必要とされる。」

第二のパラドックス
第一章|安定したビジネス慣行に置かれている日本の「信頼関係」の重視は、日本社会においての社会関係が 信頼に基づいているという判断をもたらす。しかし、研究によれば、日本社会は信頼で動いているという期待は現実に添っていない。逆に、社会的関係に信頼が 低いと期待されるアメリカ社会(細かく物事を規定する契約書などの豊富ば社会)よりも、日本社会においての対人(他者に対しての)一般信頼の尺度は低いと 実証されている。
第二章|日本社会においては安心が育まれているが、信頼が生まれにくい環境である。

第三のパラドックス
第一章|他者一般を信頼する傾向が強い人間は騙されやすい人好しだというステレオタイプに対して、そういう人は逆に相手が発信する、信頼に関する情報により敏感である。
第二章|「安心は注意ないし用心深さを必要としないのに対して、信頼は注意を必要とする。」

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